6500 Season 5

Living in the awakening era

幸せ?

義務教育も通して 家庭、メディア、先生からの刷り込みで、将来の職業に有利になるはずという思い込みから専門分野や、良い学校 に入ろうとします。

 

社会に出てからはお金、自分のポスト、豊かな人間関係を求めて努力します。

 

そして結婚して家庭を持って年齢を重ねていくうちに名誉名声を付け加えようとし、年齢を重ねると健康への関心が高まります。

 

お金、地位、人間関係、健康を手に入れた否かに関わらず人間の幸福とはそんなものではないんじゃないかと疑問を持ち始め、

 

やがてお金、モノ、地位、名誉、人脈、家族を含む人間関係、人によっては健康すら成功の象徴であっても 幸福そのものではなく単なるステータスじゃないのか?

 

それは幸福になれる手段に過ぎないのでは?と気づき始めます。

 

 

この辺りから「人生の目的」について考え

 

 

人生に目的はあるのか?それは何なのか?

使命感が強い人は正義に走り、

 

学者哲学者は真理の探究、

 

覚者は「悟り」をもって目的達成ととらえることでしょう。

 

人類は二千年以上、多くの精神世界の先覚者が宗教、哲学を生み出しました。

 

しかし、正解は今も見つかっていません。

 

多くの人は、人生の目的を「成功(ステータス)」として捉えている傾向にあり、

 

この傾向は今もずっと変わっていないようです。

 

 

僕は人生に目的などないと考えています。

 

人生の目的を成功だと思い込んでいる人へシンプルに伝える言葉ですが。

 

正確には、

「人生には、全員に当てはまる絶対的な目的はない。

だから、その人が目的はあると定めたことも有益」です。

 

ここで、目的をあえて言葉にするなら経験です。

 

 

しかし、宇宙の2元の陰と陽の立場から考えても、

 

経験も偏った意見に過ぎず、

 

人生に目的などない、そのことを知ることが目的

 

これでいいのではないでしょうか。

 

 

ないというのは成功に限らず全てです。

仏教の縁起説はエネルギーが変化していく世界だから全て空にすぎないとしていますし。

 

真面目な人が陥る

正義、使命など、一見崇高とされる事ですら当然目的とはなりません。

 

多くの人から正しいと支持された戦争に勝っても、

 

道理に適った裁判で勝っても、

 

自己に正当性がある口喧嘩で勝っても、

 

負けた方はもちろん勝った側の本人も失うものがあり、後味の悪い思いを引きずります。

 

そこに幸福はありません。

 

このような自己満足の裏には

相手も正当な理由で正義を持って戦いますから負けて悲しみ苦しみを背負う人が大勢います。向こうにも家族はいますし。